リ ハーサルの進め方(その2)


#文末に16年後のネタバレがあります。


だいぶ前に19.リハーサルの進 め方というのを書いた。

その「元となる文章」は是非多くの指揮者の方に読んでもらいたいものなのだが、

某誌に掲載されたものでもう入手することができない。その出版社に転載許可を

申し出たが返事が一切来ないので、固有名詞を伏せて一部抜粋したいと思う。

参考にしていただければ、大変うれしい。

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演奏家であるなら良い演奏をするために入念な準備をするのはあたり前。

ただこれが100人からなるオーケストラの場合、決められたスケジュールの中で

ベストに持って行くということがとても大切なことになってくる。というのも不思議な

もので、人間の集団になると音の数が多いせいもあるが、集中力の限界といった

問題もあって、誰にでもなるべく早く終わろうとする心理が働くからだ。

だから、もっと練習したいと思う指揮者との間には常に葛藤があり、コンサート

マスターとしてその両者の心を読むのはつらくとも楽しいという変な気分に陥る。


○◇フィルハーモニーの場合、定期演奏会の前の練習時間は『3日間』。指揮者に

とっては勝負の時なのだが、その使い方が上手なのがゲ○◇△フ氏なのだ。彼の

場合、初日は全くといってよ いほど曲のことを知らないオケを相手に、まず全体を

把握させることから始める。 料理でいうと、材料のチェックから、同じ大きさに切り

揃えるといった下ごしらえに 当たる。4分音符が長すぎたり、8分音符が短すぎたり

というようなことがないよ う、それぞれの灰汁(あく)を取り除く作業である。


ところが、初日からいきなり素材に色々と手を加えようとする人がいる。同じ小節を

何度も繰り返し弾かせ、細かい部分をいちいち指摘する。速い曲でも、わざとゆっくり

弾かせてみたり…。練習が停滞する。それに一応プロの集団なワケだから、アマチュア

相手のようなパートごとの練習や部分的練習は、プライドを傷つけられたようでちょっと

面白くない。しかも、そういう人に限って、限られた時間の中でなぜ今、そんな練習を

しなければいけないのか明確に説明できない。しかも、音符のちょっとしたズレなどが

必要以上に気になる質の人が多い。こうなったら、性格の問題かも…。


さて、2日目は少々難しい事柄を注文できる日である。だから、指揮者にとっては

もっとも嫌な日で、逆にオーケストラにとっては楽しい日ではないかと私は思う。

というのも、この日で指揮者のおおよその技量が見抜けるからだ。曲のことをどれ

くらい知っているか、それぞれの楽器のことをどれくらい知っているか…。しかし、

こんな人がいた。


楽譜には、作曲家の"こう弾いて欲しい"という意図を表すための「音楽記号」が

書いてある。例えば、f(フォルテ)は「強く大きな音量で」という意味だし、

<(クレッシェンド)は「だんだん大きな音量で」というように。通常は、ページの中で

多いものでも5,6個は書いてある。ところが、その指揮者はなんと1ページのすべて

の音符1個1個に音楽記号を付けてきた。これには皆、唖然!呆然!?


1ページの中には多少の差はあるが、第1ヴァイオリンが演奏しなければならない

音符は1つの旋律だけでも500~1000ほどの音符がひしめきあっている。机に

向かい、楽譜に書かれてある音符一つ一つ全てにf,p,mp,ffを書いた姿を想像

するとぞっとする。


そして、3日目はいよいよ「仕上げの日」である。もう、とにもかくにも繰り返し練習する

のみ。"煮込む"ことが大切である。通し練習なのである。その3日目の使い方、

そこに
○ル◇エ△氏のすごさがある。「音」 に対する集中力、各楽器のパートのバランス

感覚も抜群だが、簡単にいうと我々をその気にさせるところにある。

例えば、"何が問題なのか"を、我々の想像力で自分自身に気づくように仕向ける

のが上手。その一方、オーケストラの良い部分を見つけて認めてくれる。つまり、

プロフェッショナルな部分で我々を信頼して扱ってくれるのだ。だから、それに

応えるように我々も彼を信頼して接していく。その結果、とても同じ集団とは思えない

演奏ができたりするのだ。


本番の日はステージで音を出すことになる。いよいよテーブルの上での盛り付けだ。

本当にホールに合った一番良い響きを探して本番に臨む。本番…それは本当に、

一瞬が勝負の瞬間芸術。そこには、たった3日間ほどの…とは、決して言い切れない

ような人間ドラマがあり、人間臭さがあるのだ。


#これ、やっぱり指揮者・指導者のどちらにも共通する

素晴らしいテキストだと思います。読んで損なし!。

[2005/07/22]



#16年後にネタバレします。オケは日本フィル、書いたのは、

コンマスの木野雅之氏、指揮者はワレリー・ゲルギエフ氏です。

[2022/01/03]