◎私とスコアリーディング◎
 

なんだか、『青年の主張』のようである。

私が指揮らしい指揮を始めたのは、高校2年生で吹奏楽部の指揮者になった時

からだ。ただし、本番は全て顧問の先生が振っていたので、本番を振ることの無い

"指揮者"だったのである。感受性と自己顕示欲が最も強いこの時期に、本番の

指揮が振れないという事は、自分自身の実力はともかく、フラストレーションの

溜まる事この上なかった。指揮をすることに対する異様な渇望と執着心は、この

時期に最大限に増幅され、今日に至る大原動力となっている。(笑)
 

当時私は、スコアを殆ど見ずに(練習)指揮をしていたように記憶している。

(ちなみに私は、過去のことをあまり詳しく覚えていない人間である。)

いちおう絶対音感もあり、曲を聞いて覚えてしまうのが得意だったようだ。

それは、私が音楽に魅かれるようになった一つの要因であると思うのだが、

おそらくこの時に、スコアをよく調べずに指揮をする癖がついてしまったのだろう。

指揮者講習会というものを初めて受講したときも、"フレーズの感じ方がぶつ切りに

なっている"という意味の指摘を受けた。楽曲分析の本を読んだ事はあったが、

生かじりだったために、音楽を細部に分けて分析するところで止まっていたらしい。

全体の一貫性を読みとる、統一する、まとめるといったところまで至らなかった事を、

最近になっておぼろげながら実感する事となった。
 

「私の本棚」で紹介したシェーンベルクの『作曲の基礎技法』の初めに、こんなことが

書いてある。(ちょっと訳し方が難しすぎるようにも思うが...。)

『・・・有機的な組織がなければ、音楽は無定形な音の集合体であるにすぎず、

いわば、句読点のない文章のようにわかりにくいもので、次から次へと飛躍する

とめどもない会話のように、まとまりのないものになるだろう。』

音楽を聞き終えたときの充足感、満足感、"あとあじ"といったものは、たとえば

長編小説を読み終えたときの満足感にも似ている。何日もかけて苦労して読み進んだ

クライマックスの場面で、一見関係が無いように思えた最初の小さなエピソードが、

すでに結末を予見していた事に気付いた時の驚きや喜びは、誰でも一度は経験した

事があるのではないだろうか。
 

『楽典』が音楽全般の辞典だとすれば、シェーンベルクの『作曲の基礎技法』は、

作曲(=楽曲分析)の辞典であると思う。また『音楽名言集』といっても良いくらい、

深い内容を持ち、示唆に富んだ言葉が全面に詰まっている。ベートーヴェンの

「初期の」ピアノソナタ集や交響曲のスコアに、太目の鉛筆(シャープペン)で

落書きをしながら、この本を何回も何回も読み返してみては、どうだろうか?

1度目は見慣れない音楽用語が次から次へと出てきて、きっと読むのがイヤに

なってくるが、用語が頭に入ってくるにつれ、だんだんとわかるようになってくる。

苦労すればするほど良く身につくことは、楽器の練習と同じだ。

スコアの何を、どう分析するかのをアルノルト・シェーンベルク先生が教えて

くれるのだ。これ以上の幸せはない。と、偉そうにいっている私の部屋には、

シェーンベルク先生のCDがまだ、一枚も無いのだが。(苦笑)
 

それからもう一つ、楽曲分析の手法を研究をする時には、CDなどを聞いて、曲に

よく親しんでおいた方が良いと、私は思う。(ピアノ等で弾けるならば、それに越した

事は無いけれど。)

「スコアの勉強をする時には、CDなどは聞かない方が良い」とよくいうが、スコアを

良く調べずに指揮をしてしまったり、自分自身のアプローチが先入観にとらわれ過ぎて

しまう事に対する"いましめ"であると思う。

ただし、CDに"合わせて"指揮をする練習は、自分の経験からいっても、やはり、

「百害あって一利あり」といった程度であろう。
 

最近の吹奏楽の人気のある曲には、凝った作りものが多い。ふだんからそのような

スコアを目にしている人には、ピアノソナタの譜面が、吹奏楽の勉強とは何の関係も

無く見えたり、単純でばかばかしく思えたりするかもしれない。

最近まで、私がそうだったのだ...
 

初出[99/10/09]
改稿[99/10/17]
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※太目のシャープペン…私は人に勧められて、0.9mmのシャープペンに2Bの芯を

   使っているが、誠に書き消しがしやすい。

※交響曲のスコアについて…ポケット版のものより、大きなDover社のスコアの方が

   書き込みがしやすい。ちなみにベートーヴェンの初期の交響曲は、第1番から

   第4番まで4曲入って2500円だった。