◎ 奏者と聴き手の「あいだ」 ◎
 

「奏者にわかりやすいように。聴き手にわかりにくいように。」

こんな演奏表現を求められることがよくある。
 

楽章が切れ目無く演奏される時、聴き手には「いつの間にか曲想が

移り変わった」と思わせたいけれど、奏者には「ここで(音、響き、余韻

など)をカットして、ここから次を開始して」と示せるように。

また曲の終わりの音が、ホールの余韻に消えていくかのような表現に

したい時に・・・。こういう時の指揮者は、二通りに分かれやすい。
 

1.聴き手に音楽の変わり目、繋ぎ目、消える瞬間等をできるだけ

ソフトにぼやかせて聞かせたいあまり、奏者がどうして良いのか

わかりにくい指揮法をとってしまう。

2.奏者に音の始めと終わりをきちんと示したいと思うあまりに、

聴き手にとっては味気無い演奏表現になってしまう。
 

この時指揮者に難しい問題を投げかけるのは、その音楽の持つ

「雰囲気、情緒、味わい、余韻」といった不確定な要素をどう解釈し

どう音にするか、ということである。
 

1.スコアを読む時には、そういった難しい部分によく注意を配り、

全体の構成と前後の脈絡を深く読み取って、自分のイメージを曖昧に

持たず、はっきりとしたものにすること。
 

2.そのような難しい場面で求められる無駄の無い微妙な指揮法に

ついて、指揮法の本とか実際の指揮者の動きを見ることなどによって

表現の引出しをたくさん持っておくこと。
 

ex.片手で雰囲気を持続しながら、片手でしっかり区切りを入れるなど。
 

ex.「目線や顔の表情」を腕などの身体的な動きに先行して取り入れると、

奏者に戸惑いを与えない。
 

ex.さらにいえば、全身からみなぎる雰囲気(オーラ)を活用して奏者に

呼びかけることによって、確信を持った思い切りのある演奏表現への

強いきっかけを与えること。
 

ex.奏者に対して気持ちが逃げていると、どんどん合わなくなってくる。

相手が戸惑わないよう配慮しつつも、相手に飛び込んでいく勇気が

時に必要である・・・。
 

3.全部を指揮者が振ろうとしなくても、その一部を奏者にまかせて

しまうことによって、より自然でスムーズな演奏が実現できる時も

ある。それは一見何気無いことのようで、実はリハーサルでの打ち

合わせの巧拙にかかっている。リハーサル時間のうまい使い方も、

研究しなくてはならない。
 

指揮の勉強というのは、誰にとっても難しいものであるが、

指揮者とは奏者と聴き手の「あいだ」に立つ者であるということを

常に前提として考えることによって、その難しさの先が開けてくる

ような気がしている。
 
 

[02/03/16]