◎「楽譜を朗読する」ということ◎
 

もう昨年になってしまったが、ラジオの番組にチェンバロ奏者の中野振一郎氏が

ゲスト出演されていた。大変興味深いお話だったが、またまた仕事中の聞き覚え

なので、多少不正確な部分もあるかもしれない。
 

チェンバロ奏者というのは、暗譜で演奏しない方が多いそうだ。暗譜とはピアノの

時代に出てきたスタイルで、クララ・シューマンが暗譜で華麗な演奏を披露した頃

から広まっていったのではないか、と言われているそうだ。しかし、楽譜を見て

『朗読する』ということが本来作曲者の努力に報いる姿なのではないだろうか、

それで指揮者の中にもスコアを見ずに振る人と、スコアを見ながら振る人がいる

のだという、そんな話だった。
 

朗読か。学生時分に国語の教科書を立って朗読させられていたことを思い出す。

そういえば読み方によって、全然伝わり方が違っていたっけ。
 

音楽は、演奏家の数だけスタイルがあっていいと思うけど、『楽譜を朗読する』

とはとても示唆に富む言葉だなと思った。というか、我々はふだん記号としての

楽譜の読み方は教わるけれども、「どういった姿勢で楽譜にのぞむか」という

考え方自体あまり教わる機会は無く、新鮮に感じるほどである。
 

もちろん楽譜を見ながら演奏すると言っても、我々が練習不足で楽譜を見ないと

音がわからない、というレヴェルとは全く違うだろう。楽譜をよく読みよく弾きこなし、

よく自分のモノにして初めて『朗読』しているんだと言えるのだろう。

指揮者にとって「スコアを見ずに振った方が良いのだろうか?」というのは大きな

問題であるが、大きなヒントを与えてくれる話ではないだろうか?。
 
 

[01/01/08]